母の看取りの最中の思い出
母の看取りの最中の思い出はたくさんあるが、中でも特によく覚えていることがある。あの頃、母は既に固形物は食べられなくなっていて、時折私には見えない世界を見ているようだった。それでも彼女は好きな食べ物を思い出すのか、ぶどうを欲しがったので、私は彼女の口にほんの少しずつ果汁を運んだ。 すると、不意に彼女が宙を見つめながら「おかあちゃん、ぶどう、食べよ」と笑顔で言った。彼女が「おかあちゃん」という呼び方を使うのを聞いたのはそれが初めてだった。普段彼女は祖母のことを「母」とか「お母さん」と呼んでいたと思う。あれは、それまで見たことのなかった彼女の一面を垣間見た瞬間だった。 いつか私が死にゆく時にも、やっぱり懐かしい味、好きだった食べ物を思い出して、食べたくなるのだろうか。…