意図 イト 糸
一昨日はシャワー中に、昨日はトイレの中で、やっぱり「意図」という言葉がぱっと大写しになったように頭の中に浮かんであるいは大きく響いて、ふと、坂口恭平さんの新作小説のタイトルでもあるイマジナリーフレンドの名は「イト」だと思い出したのだった。イトは意図でもあり糸でもある。 何を成したかはそう大したことではなく、どう意図したかが大事なのだ。成した形はやがて変わるし消えていくけれど、意図はその人が死んだ後も残って生き続ける。…
先日から読みはじめた本の序盤にジョン・ディーとエドワード・ケリーの話題が出てくる。久しぶりにその名を目にして、彼らがこの南ボヘミア(しかもVの故郷であるTřeboň)で暮らしていたことがあるのを思い出した。 本を読み進めるうちに黒曜石が欲しくなった。早速検索してみたところ、メキシコ産の黒曜石で作られたという鏡が売られているのを見つけた。裏にはアステカ暦が彫られている。 少し前にピンホールカメラで撮ったさくらの写真に対し「ナワルだ」というメッセージを受け取って以来、アステカに繋がるものを目や耳にする機会が何かと続いている。アステカ神話の神テスカトリポカはナワトル語で 「Smoking Mirror」を意味するという。メソアメリカ一帯では黒曜石から作られた鏡が儀式に使用されていた。 と、そんなことを思っていたらこんな記事を見つけた。大英博物館に所蔵されているジョン・ディーが使っていたといわれる黒曜石の鏡はやはりアステカの鏡だったらしい。…
イエスのことを調べているが、イエスは宗教者というよりも、なによりも実践者で、何の実践かというと、病気治療で、何の病気治療かというと、おそらくその当時無茶苦茶増えていた精神病患者、依存症患者の治療だったのではないか、しかも無償の、えっ、それっていのっちの電話じゃんと思った。がんばろ — 坂口恭平 (@zhtsss) December 22, 2021 宗教にはなんの興味もないが実践するイエスには興味がある。実践でしか革命はできないと思ってるし現代においても実践でもってまったく別の新しい世界を同一平面上にそこからねじれを生み出して作り出すことは可能だとまだ僕は確信しているようなので実践を突き進めたい。マメな性格なのでいけるかと笑 — 坂口恭平 (@zhtsss) December 22, 2021 わたしも、イエスは実践者だったと思っている。仏陀も実践者だ。だから、後に誰かによって語られた物語としてのイエスや仏陀を言葉でどれだけ理解しても、それはどこか嘘になり虚しい。彼らが生きたようにまさに生きることが重要なのだ。 言葉と行動を一致させて生きると、単独で生きるアウトサイダ…
Water Mirror, Tábor, August 2021 6x6 Driftwood Pinhole Camera Kodak Ektar 100…
Waterscape, Lutová, August 2021 6×6 Driftwood Pinhole Camera Rollei RPX 100…
現在わたしたちが暮らしているフラットが入っている建物には「アトランティス」という名称があり、ところどころに船をモチーフにしたと思われるデザインが施されている。東へ向かって長いカーブを描くリビングルームはまるで船首のようにも感じられ、ふと、まるで中空に浮かぶ船に乗っているような気分になることがある。この船が東の地平から昇るシリウスの方を向いていると考えると、ここは、あの伝説のアトランティスだけでなく、シリウス(恒星)を信仰していたという古代エジプトにも繋がっている。ここはそんな風に時空を超えるさまざまなイメージを呼び起こしてくれる場所だ。…