やってくるもの、還っていくもの ー 普遍と個性 ー 混沌をひととき形にすること
いつからそう感じるようになったかは忘れてしまったが、わたしには、自分の体験は自分だけのものではないという感覚がある。わたしの体験は固有のものではあるけれど、実際にはその中に、わたし以外のすべての人々に共通するものがある気がする。 わたしにとっては、たまたまそういう”体験”だったが、他の人にとっては、それぞれに相応しい固有の”体験”になるのだろう。しかし、そうした形としての現れ方とは異なる次元で、個々の体験の中には常に普遍的なものが流れているように思う。 別の言い方をするならば、どんなことも「わたしが体験した」と同時に「世界(または宇宙か?)が体験した」ように感じられるのだ。または「世界(宇宙)がわたしを通して体験した」と言えるかもしれない。そして、たとえば、ある体験がわたしにとって〇年前のことであったとしても、世界(宇宙)にはそうした時間軸による区切りはない。 常にそういう感覚があるので、たまたま味わった何かしらの体験が、やがて機が熟して言葉などの形として外に現れる時には、「わたしを通してやってきたものが、わたしを通って還っていく」ように感じられる。それが、わたしが「ほどく言葉」…