今年の4月に日本行きの航空券を予約した。戸籍謄本の取得など、日本へ行く理由はいくつかあったが、そう急ぐものではなかった。しかしある日、XとInstagramでいつも作品を拝見している画家の小川雅章さんが、秋口に作品展を開催されると知って、その時期に大阪へ行こうと決めた。
とはいえ、作品展の詳細はわからなかった。今思えば、小川さんに直接お尋ねすればよかったのかもしれないが、面識がなかったので遠慮してしまった。そして、「秋口」という言葉から、会期はおそらく9月末~10月頭だろうと予測して、やや賭けに出る形で往復の日程を決めたのだった。果たして賭けは見事に的中した。小川さんの作品展「のら百景」は、私の日本滞在期間にぴったり重なっていた。そうして久米島から大阪へ移動した翌々日、友人とともに会場の オソブランコを訪れた。
小川さんは、30年ほど前の大阪の湾岸地域の風景を描き続けておられる。そして、どの絵の中にも犬の「テツ」くんが登場する。私は大阪生まれではないけれど、小川さんが描く大阪湾岸の風景にはなぜかしら懐かしさを覚える。川岸に建ち並ぶ工場、鉄材やロープが散らばる造船所、水面に丸太が浮かぶ貯木所、空き地に放置された廃車、両側に草が生い茂る線路・・・テツくんが彷徨う場所はどこも不思議な既視感を呼び起こし、まるで彼と一緒に歩いたことがあるような気分になってくる。
今回初めて原画に触れて、その奥行きと広がり、そして光と影のコントラストとグラデーションに改めて強く引き込まれた。どの作品もじっと眺めていると、まるでその光景が目の前に広がっているかのように感じられ、音や温度、さらには匂いまでもが漂ってきそうだった。
私が訪れたのは会期終了の数日前で、大半の作品にはすでに売約済みの印がついていた。「わかる、これは欲しくなるよ」と思いながら、52点の作品を一つ一つじっくり見て回った。そして、ある一枚の絵を見た瞬間、心が鷲掴みにされた。《西島夕景》と題されたその絵は、他の作品よりもグレイッシュで、川辺に佇むテツくんの背中からは孤独の寂しさすら感じられた。しかし、よく見ると対岸には白い鷺がいて、雲間から覗く空には柔らかな色彩があり、ただ寂寥感だけではない叙情と物語があった。
ふと視線を下げると、その絵にはまだ買い手がついていなかった。私はこれまでアート作品を購入したことはなかったが、「この絵が欲しい」と思った。その絵がまるで自分を待ってくれていたかのようにすら感じた。僅かに迷った後、その作品をチェコへ持ち帰ることを決めた。
予測だけで決めた日本滞在のスケジュールが、小川さんの作品展の会期にぴったりあったのも、強く惹かれた作品にまだ買い手がついていなかったのも、正に縁だったと思う。しかも、ちょうど私がチェコへ帰国する前日に作品展は終了し、購入した作品は最終日に受け取ることができた。
長い会期のお疲れもあるはずの中、いろいろと気さくにお話ししてくださった小川さん、本当にありがとうございました。テツくんは無事にチェコのターボルに到着しました。これから、うちのさくらと一緒に、南ボヘミアでの探索を楽しんでくれたらいいなと思っています。これからも作品を楽しみにしています。そして、また小川さんにお会いできる日を、新しい場所を歩くテツくんの姿を見られる日を、心待ちにしております。




















