肉体の置きどころ

肉体の置きどころ

日本ではいくつかの街で暮らしたが、生まれ育った街を含め、どこにいても自分がその地に‘属している’という感覚はなかった。いつもどこか仮住まいのような感覚があり、いずれそこを離れるだろうと感じていた。それは、その地が好きとか嫌いとかということとはまったく別の感覚だった。

南ボヘミアのこの街で暮らしはじめて6年が過ぎた。相変わらず‘属している’感覚はないものの、肉体は確かにこの地で暮らしていくのだろうという、ちょっと説明しがたい実感を覚えている。特別な思い入れがあって選んだわけではなく、偶々巡り合った地だが、不思議な落ち着きを感じている。

久米島や、ストックホルム、フィンランド北方のサーミランドなど、旅で訪れて気に入っている場所はいくつかあるし、もし機会が与えられるならしばらく住んでみたいとも思う。一方、現在暮らしているこの地に対して、そのような強い感情が湧くことはない。けれど、「ここでいいのだな」という淡々とした納得感がある。