生きるために
写真を撮っている時だけ生きている。 とふと頭に浮かび、生きるために撮っているんだなと思った。 ”生きている”のは、 この世界で”わたし”を構成する一切の要素とは異なる”何か”だ。…
写真を撮っている時だけ生きている。 とふと頭に浮かび、生きるために撮っているんだなと思った。 ”生きている”のは、 この世界で”わたし”を構成する一切の要素とは異なる”何か”だ。…
嫌悪しようが、拒絶しようが、在るものは在る。そして、排除しようとすればするほど、むしろそれはますます強大化して迫ってくる。在るものを在ると認めると、嫌悪や拒絶を生じさせていた分離はなくなる。それから、どのように境界線を引くかを自分で決めればいい。 わたしたちが無意識に否定するもの、嫌悪するもの、排除したいものは影となり、その影は別の誰かや何かとして具現化する。嫌だ、消えろと思うほど、影はますます濃さを増し、それを具現化する存在や状況を招き続ける。在るものは在ると認めることによって、分離と対立はなくなり、影は統合される。 何かを否定し、拒絶し、無くそうとするほど、ますますそれを作り出すということは、この世で二極化したもの(この世界ではすべてが二極化せざるを得ず、常に真逆の性質が同時に発生し続ける)は、実は常に統合に向かうということだろうか。 分離し対立して見えるものも、一段上から見れば同じ一つのものであり、どちらも同じところから生じている。…
Railway bridge over the River Lužnice, April 2021 6×4.5 Driftwood pinhole camera Kodak Ektar 100…
他者の言動に強い怒りや嫌悪を感じる場合、その”他者”はあくまでもきっかけ(自分の影を具現化する存、鏡)にすぎず、そうした感情的反応を生じさせる源は、その人自身の中にある無自覚な抑圧や思考の偏りだ。 何かに対して生じる感情=反応は、わたしたちの内側にある無自覚な思いこみや都合を浮かび上がらせる。 というようなことをパートナーと話していた。 対話のきっかけは大坂なおみさんの話題だった。 「彼女は彼女自身が必要とすることに専念して、ただ自分を生きている。それを見たり聞いたりしたわたしたちの反応はそれぞれ違えど、やるべきことは、自分の反応をきちんと受け止めて、自分に取り組み、自分を生きることだけだね。」と話した。…
The sun shining over the River Lužnice, March 2021 6×4.5 Driftwood pinhole camera Fomapan 100…
Neighbor's cat, April 2019 6×6 Driftwood pinhole camera Fomapan 100…
いつか見たかもしれない入道雲や、あたたかく湿った分厚い空気や、夕立が近づいてくる時の匂いや、夕暮れの微かな風の感触などが不意に蘇って、なんとも懐かしい心地になった。 わたしの中にしまわれている日本の記憶は夏が多いようだ。…
> anger is a lack of understanding. change makes people uncomfortable. — NaomiOsaka大坂なおみ (@naomiosaka) May 30, 2021 [https://twitter.com/naomiosaka/status/1399087503584411648?ref_src=twsrc%5Etfw] I absolutely agree with her. And at the same time I think anger is also a lack of acceptance. In this case acceptance is…