Caotic images

肉体的な苦痛があると、意識はますます躰から抜け出そうとするので、精神活動はいっそう活発になる。昨日から膨大な量のイメージがどんどんやってきて混沌としている。とてもおもしろい状態だ。10年ほど前に作ったコラージュのイメージを不意に思い出した。実物はもう手元にはないけれど、作っていた時の感覚まで思い出せる。また新たに作ってみよう。…

2021-01-29

この数日、懐かしいものを見たような、もしくは懐かしい場所に帰ってきたような、なんとも言い難い感情がお腹のあたりから湧き出てはふわりと霧散することが続く。その感覚は、何かを見たり聞いたりしている時にではなく、不意に理由もなくやってくる。…

犬と月

犬を飼っている友人とのやり取りの中で、彼女の夫があまり動物が好きではなく、犬が家の中で自由にするのを長らく許さなかったと聞いた。彼女と娘の訴えにより、彼は最近ようやく譲歩したらしい。彼女と娘が家の中でも犬とたくさん触れ合って遊べるようになったら、犬の表情や態度が大きく変化したとのことだ。 彼女もまた、さくらのことが大好きだと言っていて、さくらがチェコでのびのびと暮らしている様子をいつも喜んでくれている。犬や猫が安心してのびのび暮らせる環境は、不要な抑圧も支配(制御)もなくて、人にとっても確実に快適だよねと話した。 さくらの様子を見ていると、彼女はいつもおもしろいほどにわたしの状態にシンクロしている。たとえわたしの調子がいまいちでも、わたしが自分に無理を強いず、今在る状態を受け入れていると、彼女もまた安定している。先日も書いたように、さくら(犬)は(占星術でいう)月だなと日々実感している。…

情報との自己同一化と中毒性

それがどんな内容であれ、情報に触れ続けるのもまた自分への虐待なのだと思う。外側への反応として生じる機械的な感情ばかりを反復しているうちに、身体も精神も疲れ果てて麻痺してしまうんじゃなかろうか。と、情報との自己同一化と中毒性について思っていた。得た情報も、情報発信という行為も、”自分”ではない。…

語りすぎてはならない

もう何年も前のことだが、突如「語りすぎてはならない」と頭に浮かんだ後、しばらく頭から離れないことがあった。今でもその通りだと思う。語りすぎると、本当なら言葉にはなり得ないはずの本質を覆い隠してしまう。手っ取り早く言語化して片付けようとしてはならない。…

Sunset sky, November 2020

Sunset sky 6×6 Driftwood pinhole camera Kodak Ektar 100 カラーフィルムで撮影したピンホール写真を眺めながら、太陽は黄色や赤で描かなければならないなどということはないし、空が青でなければならないということもないのだという実は当たり前のようなことを改めて思う。 犬や猫は二色型色覚だというし、四種の錐体細胞を有する鳥類は紫外線を感知しているという。たとえ同じ種であっても色覚には微妙な個別差があってそれぞれに見えている色は異なるのだろう。鳥の色覚を通して見える世界を想像すると楽しい。…