雨
今日はなんとなく一時停止という感じの一日だった。ずっと雨が降ったりやんだりしていたし、しんとしたまま夜になった。雨の日にはあらゆる境界線があいまいになる。過去とか現在とかという時間が溶けてなくなり、ここにいながらあそこにいる感覚がより強まる。昔のことをふと思い出し、実はそれが今であり、また先のことであると気づく。時間が消えるとは、自分が消えることだ。 不意に「川を渡る」という言葉が再びやってきた。夢が現実を侵食する感触がようやく戻ってきたようだ。…
今朝目覚める直前に見ていた夢の中で、地図の中にCarl Zeissという名称を見つけた。そのすぐそばには「月の見える油田」という地名があり、さらにその近くには「仏陀」という文字があった。いずれも地図上では山の中で、わたしは「きっときれいな水が流れるところなのだろう」と思っていた。…
朝に目は覚めたのだが、全身が重くてベッドから起き上がることができなかった。手足の指の関節が痛み、口の中が不快で、身体が浮腫んでいるように感じた。さくらの散歩とケアはパートナーに頼んで、さらに眠ることにした。それで、たくさん夢を見た。今もまだ身体が重い。さくらも今日はずっと寝ている。 眠っている間に、父から電話がかかってきたが、夢見の邪魔をされたくなかったので電話には出なかった。その後立て続けに何度も着信があったけれど、着信音をミュートしてそのまま眠った。 わたしが「調子がいまいちだな、身体が辛いな」と感じる時には、大抵わたしのパートナーも何かしらの不調を感じている。互いの体感や症状は異なれど、だいたいいつもシンクロするので「今日はきっとそういう日だね」と話している。そして、そういう日には、さくらはあまり歩きたがらない。いつものように散歩には出るけれど、すぐに帰りたがる。そして、家にいる間はよく寝ている。わたしとパートナーだけでなく、さくらの様子もシンクロしている。…
友人に見せるため、フィルムで撮影した母の死の前後の写真を見返していた。そして、わたしたちが肉体と名をもって存在している時間、つまり、この世界における生なんて、わずかな一部だと思った。 わたしは、母の死の直後からずっと、彼女の不在を感じていない。彼女がもうこの世界に存在しないことはわかっているが、以前との違いをあまり感じないのだ。しかし、こうして彼女の写真を見ると「そうだ、彼女はもうこの世界にはいないのだった」と確認する。だが、そこで感情が動くことはない。ただそのたびに再確認するだけだ。それ以外に大きな変わりはない。 そう気づいて、彼女が名と肉体をもってこの世界に存在しているかいないかの違いは、そう大きなものではないと思った。わたしたちの本体は、肉体をもってこの世界で生きている「部分」よりもはるかに大きい。…
夢の中で、わたしは知らない部屋の真ん中に置かれたベッドで眠っていた。わたしは長い旅から戻ったばかりでとても疲れており、一日中眠るつもりだった。しかし、突然たくさんの人が部屋に入ってきて、列を作って座りはじめた。どうやらみな若い学生たちのようだった。中には教師らしい大人の姿もあった。人々はみなベッドで眠っているわたしのことを訝しげな目で見ていた。 そうするうちに、スーツを身に着けたわたしの元夫が現れ、ぎっしりと肩を並べて座った人々の前に置かれたホワイトボードに数式のようなものを書きはじめた。そこでわたしは、今から何か講義らしきものが始まるらしいことを察した。わたしは、布団の中でしばらく迷った挙句、ベッドから出て、人々をかき分けるように歩いて部屋の外へ出た。せめてパジャマ(オレンジ色だった)を身に着けていたから、ベッドから出ることができて良かったと思っていた。 ドアを出たところには、わたしの母が使っていた着物箪笥に似た箪笥が3つ並んでいた。わたしは、外へ出るために着替えようと思い引き出しを開けたが、服は見つからなかった。磨りガラスがはめこまれた扉の向こう側に、ホワイトボードに長い数式を…
四半世紀ぶりに連絡を取り合った同級生から、彼女の周囲の人々の話を聞いて改めて思うのは、実に多くの人たちが自分を持たないまま立場だけを生きているということだ。彼らは自分の「影」を他者に押しつけ続けている。そうして何かに同一化して、他者に強烈に依存したまま、自分を生きずに死んでいく。 誰かのことを「間違っている」と感じる時や、自分を誰かの犠牲者だと感じる時、わたしたちは自分の影を相手に押しつけているだけだ。しかし、それを認めないために、わたしたちはあらゆる理由を作り出して他者を批判する。だが、それが実は自分の影だと気づくまでは、延々と二極化を繰り返すだけで、どこにも出口は見つからない。 自分の中の僅かな一部に固執して「これが『自分』だ」と思う時、それ以外はすべて影になる。しかし、実は影の方がはるかに大きい。小さな自分に閉じこもるほど、わたしたちはそれよりはるかに大きな影に支配されていく。影を他者に押しつけることで、自分自身を矮小な関係(立場)に縛りつけていく。 自分が、自分の中の小さな一部を「自分」だと思って固執していること、そして、それ以外は影(さらに言えば「自分」にとって都合の悪…
新居にはまだ収納家具がないので、引っ越し荷物から引っ張り出した日用品があちこちで山積みになっている。家の中はどこもかしこも混沌としていて、わたしの人生の中で最も散らかっている状態だ。そんな中をさくらがうろうろするものだから、そこら中に犬の毛も散乱している。 わたしは元々潔癖症と言えるほどのきれい好きだが、こんな状況の中ではあきらめるしかない。台所とテーブルの上(の一部)、ベッド(と言っても床にマットレスを置いただけ)周り、床はこまめに掃除しているが、荷物の整理や片付けはのんびりやっていくことにした。今も目の前は大変な混沌ぶりだが、わーすごいと他人事のように眺めながら過ごしている。 そして、潔癖症であるはずのわたしが、犬の毛だけでなく、ほこりや、小石や、人間の体毛や、ゴミくずや、虫の死骸が散乱する床の上に這いつくばって、さくらの写真を撮っているのだから、おもしろいものだ。…