事象はいつでもシンプルだ

12月半ばから待たされていたやりとりが、人の助けを得た(チェコ人ににわたしに代わって担当者へ電話をかけてもらい、チェコ語で事情を話してもらった)ことによってようやく進み、締め切りにぎりぎり間に合った。その担当者は、わたしが何度催促しても返事すらしてこなかったが、代理人がチェコ語で電話をかけたところ即座に動いた。 わたしとしては「あなた、12月の時点で『I will send you as soon as possible』と返信してきてたじゃない」「同じ内容を3度もメールで確認したじゃない」「顔を合わせた際にも『重要で緊急だ』と念押ししたじゃない」等々思うところはあれど、「ここはチェコ、日本のようにはいかないよ」と言われたら納得するしかない。最終的には間に合ってよかった。 チェコに来てから、仕事でもプライベートでもこういう状況は既に何度も経験してきて、すっかり慣れた。しかし、特に金銭が絡んでいる場合には、より速やかに相手を動かすため(さらに言えば相手を逃さないため)の技と知恵を身に着ける必要はある。 初めてチェコに送り込まれた4年前に比べれば、わたしは随分タフになった。語学をはじ…

どこから来て、どこへ行くのか

「自分がどこから来たのかを見つけ、どこへ行くかを定める」のを、この人生の目的にしよう。そう意図すれば、地球上でのあらゆる体験をそのために活用できる。物質的制限のある肉体を持つ存在だからこそ見えることがある。どうせならば、元来た星へ還るのではなく、さらにその先を目指すのがおもしろい。 『星』 山尾三省 星を見て つつしむ 星を浴びて いのちを甦らせる 星を定めて 死の時を待つ 星を見て はなやぐ 星を浴びて 法を浴びる 星を定めて 天にまじわる 星を見て 究極する 星を浴びて 地に還る 星を定めて 星に還る 最近、この詩をよく思い返している。…

オリオンの三ツ星

日本からの帰り道、アムステルダムからプラハへ向かう飛行機の窓から、まるで手が届きそうなぐらいにはっきりとオリオンが見えていた。風邪の兆候が出ていたので途中で眠ってしまったが、それまでずっと窓枠にもたれて、大きな砂時計の形を描く星々を眺めていた。眠りに落ちる間際、プラハへ戻ったら、アルニタク、アルニラム、ミンタカへ行ってみようと決めた。 数ヶ月前、実家の家紋に描かれている三つの丸が、オリオンの三ツ星であることを知った。祖母、母、わたしと、三代続けて同じ干支のほぼ同日(三月三日、祖母だけは四日)に生まれたので、そうだったかと妙に腑に落ちた。 そして、今朝ふと、わたし、母、祖母の三人を、アルニタク、アルニラム、ミンタカになぞらえて眺めることを思いついた。わたしと母はまだ地球上に肉体をもって存在しているため、物質的な条件に限定されるが、三年前に死んで固形存在でなくなった祖母は非局在だ。まずは、夢の中で祖母にコンタクトしてみよう。…

鼻と悲しみ

わたしは風邪をひくといつも後鼻漏の症状が長引く。これは、つい後回しにして抑圧していた悲しみや涙、怒りが、膿という形で現れているのだろう。幼少期はよく耳鼻科に通った。年明けに風邪をひき、しばらく寝込んでいたが、それによって鼻の症状に何が現れるかを思い出した。 肉体を通して現れるものはすべて内なる力の表出/表現だ。…

山奥にある巨大な宗教施設、大音量のクラシック音楽、ファサードに刻まれた古代文字

ソファーで寝落ちしている間に見た夢の話。 自宅という設定の知らない場所の裏に深い山があり、これまで通ったことのないルートで歩いてみることにした。山を奥へと進んでいくうちに、いつの間にかわたしは巨大な邸宅の屋根の上を歩いていた。コンクリート階段の隣にはリゾートホテルにあるような豪華な造りのプールが見える。Ⅼ字型の階段を降りると、そこは邸宅の入口だった。その佇まいは、まるで山奥に隠された巨大要塞のようだ。建物のファサードには古代文字か文様が刻まれていて、入口付近ではクラシック音楽が大音量で流れていた。どうやら誰かが2階で音楽を流しているらしい。 2階のバルコニー部分に女性らしき人影が見えたので、見つからないよう素早く立ち去った。元来たルートへは戻らずに、邸宅の入口から真っ直ぐに延びる舗装された道を歩く。すると、道を挟むようにして広がる邸宅の屋根の上や庭を多くの人々が歩いているのが見えた。そこは、ある種の人々には観光地として知られているようだ。 歩いているうちに住宅地へ出た。なぜかそこは、わたしが生まれ育った日本の町(実際の町並みとは異なっていたが、町名がそうだった)で、「あれ?ここ…

覗き魔との遭遇と捕獲、そこから気づいた棲み分け認識と自覚の重要性

一昨日の夕方のこと。自宅の最寄り駅に隣接するショッピングモール内のトイレで覗き魔に遭遇した。個室で用を足している最中、隣の個室の扉が閉まる音を聞いたが、その後が妙に静かだったので、何だか変だと感じてふと見上げたら、知らない男の顔がこちらを覗いていた。男と目があった瞬間、驚愕と恐怖で全身が凍りつきそうになったが、即座に大声を上げて個室から飛び出した。次の瞬間、「絶対に捕まえてやる!」という猛烈な思いが腹から沸き起こり、猛スピードで手洗いスペースを抜けて、外へ出て助けを求めた(「Pomoc!」というチェコ語を初めて実際に口にした)。 犯人が逃走しないようトイレの入口を注視しながら、フードコートにいたパートナーを大声で呼び寄せ、彼を見張りに立たせて、わたしは警備員を探しに走った。警備員はすぐにやってきた。おそらくわたしの声が聞こえていたのだろう。「女子トイレの中に男がいて、個室の中を覗かれた!」と訴えたところ、彼は即座に中へと入り、すぐまた出てきて「目撃した男に何か特徴はなかったか。」とわたしに尋ねた。わたしは「目から上しか見えなかったが、おでこが広く、ちょっと禿げかかっていた。」と答えた…

画家のアトリエで風景画を描く夢と、馴染みのあるおかきを食べる夢

今朝見た夢の中で、わたしは画家のアトリエで絵を描くことになった。アトリエまでは別の男性が案内してくれた。画家が簡単な指導をしてくれるという。大きなキャンバスには既に下絵が描かれていて、画家はまず空の部分から色を塗り始めた。紺、青、白など複数の絵の具をざっざっとキャンバスに乗せた後、筆でグラデーションを作っていく。わたしも彼と同じように筆を使って空に色を重ねていった。そうしているうちにすぐ要領がつかめたので、次は自分一人で空の下に広がる風景の部分に取り掛かることにした。 パレットに複数の絵の具を絞り出し、手元にあった小さなグラスに水(または油か)を入れて、一本の筆を口にくわえながら、もう一本の筆で素早く色を重ねていった。キャンバスに描かれていたのは、広大な大地に無数の岩が尖塔のように切り立つ風景だった。画家は既に他の作業に取り組んでいて、その絵の仕上げはすべてわたしに委ねられていた。絵に関しては何も指示はなかったけれど、わたしはどんな色を乗せて、どのように描いていけばいいのか直観的にわかっていた。途中、わたしをアトリエへ案内した男性が「ここはもっとこうしたほうがいいのでは」と言ってきた…

城の近くの坂道でこの世ならざる者たちのことを思う

昨日もまた仕事帰りに坂道へ出向いた。プラハ市内で坂道があるエリアといえば丘の上に建つ城の周辺だろう。普段は利用しない路線で向かおうと、職場近くの停留所からバスに乗ってマロヴァンカヘ向かい、そこから22番トラムに乗ってケプレロヴァ(ケプラー通り)へ。ティコ・ブラーエとヨハネス・ケプラーが並んで空を見上げる銅像を横目に見ながら城の方へと坂を下った。 城の周囲を歩くのは久しぶりだ。観光客が集まる昼と、人が少くなる夜とでは、あたりの気配がまるで異なる。夜にこのあたりを歩くのは楽しい。昼間は姿を隠しているこの世ならざる者たちが顔をのぞかせるような気がする。もしかしたら、角を曲がったところで妖怪とばったり出くわすかもしれない。そんなことを思いながら、長らく空き家だらけとなっているアーケードや、廃墟化しているアパートの窓を覗きこんでみる。そういえば、錬金術博物館のそばの16世紀に建てられた家に住んでいる人が「うちにも幽霊は出るよ。たいてい台所に現れる。うまく一緒に暮らしているよ。この辺では当たり前のことだ。」と言っていた。 わたしがまだ日本とチェコを行き来していた頃、やはりマラー・ストラナ地区…