意味から逃れ続ける

過剰に意味を問わない、意味を無理やり作り出そうとしない。それはつまり、機械的に繰り返す感情には陥らない、無自覚に物語に陥らないということ。そして、機械にはならないということ。 以前、意味から逃れ続けるということをよく考えていた。いかに意味から自由であり続けるか。解釈から脱出し続けるか。それは、退屈しないための術である。…

存在そのもの、事象そのもの

人は、わたしたちは、実に何も見ていないとよく思う。自分の中で繰り返される機械的な感情にとらわれ、都合のいい物語を作っては、それにあわせて解釈するばかりで、そこにある存在、事象を、ただ見ることができていない。 ただ見ることこそ自由というものだ。…

すべて陰陽

自覚の有無にかかわらず、こちらが求めている/必要としている出会いは、あちらが求めている/必要としている出会いでもあるので、自分も他者もコントロールしようとせず、無理をせず、焦らず、出会うものは必然として否定せずにただ眺めていると、自ずと愉快な出会いばかりになっていく。 人との出会いだけでなく、あらゆる存在、空間、事象、すべてこれである。というようなことを友人と話した。 求めすぎると捻じて拗れる。避ければますます引き寄せる。否定すると分離し反発しあう。やってくるものはすべて、自分の内にもあるもの/自分から出ているものなので、それそのものをただ認めていればいい。とはいえすべてを受け入れる必要もなく、不快なこともただそれとして淡々と眺めていればいい。…