友人からあんパンを買う夢

夢の中で、友人が小さなパン屋を運営していて、わたしは彼からあんパンを買おうとしていた。白木がふんだんに使われた居心地のよい空間で、太陽の光が燦燦と降り注いでいた。彼はにこにこと嬉しそうに微笑んでいて、わたしもリラックスしていて楽しかった。目が覚めた後も気分が良かった。そして、あんパンが無性に食べたくなった。…

人と会うのは好きではないが、人のことは好きという性質

「私は人と会うのが好きではありませんが、人のことが好きです」と坂口恭平氏は自著の中に書いている。 わたしも彼に似ていると思う。人は好きだが、人と会うと疲れる。だから、好きな人たちとの間にもほどよい距離を保つことによって、快適なバランスを育んでいる。適度に自閉すること、自他の境界を意識的にはっきりさせることが、人との関係においてとても重要だ。 坂口氏はそうした自身の性質を「躁鬱人」と呼んでいる。わたしも長年躁鬱を繰り返してきたので、彼と似た性質を持っている自覚がある。そしてまた彼は「人と会うと情報受け取りすぎてすぐ疲れる」とも言っている。 最近、わたしは「自分はいわゆるHighly Sensitive Person(HSP)なのではないか」と気づいた。というのも、幼少期の自分が、衣類の感触や食べ物の食感、周囲の音、におい、光の強弱、色の濃淡や組み合わせ、人々の態度や様子など、さまざまなことに敏感過ぎて、いつも一人で不快感に対処し続けていたのを不意に思い出したからだ(そして、今でも同じような傾向はある)。 たとえば、学校の制服の一部が肌に当たるのが不快で、なんとかして不快感を減らそ…

自他の境界線と躁鬱の波

> 自他の区別がくっきりできるようになっていると思います。僕はもともと自他の区別がまるでなくて人からの影響を受けやすかったので今は適度に自閉し自衛することができてます。声だけならほとんど被害はありません。人と会うと体が疲れるので人には会わずに野良猫と野菜と土と風と光に会ってます。 — 坂口恭平 (@zhtsss) July 30, 2020 [https://twitter.com/zhtsss/status/1288627727789039616?ref_src=twsrc%5Etfw] この坂口恭平さんのツイートに書かれていることはよくわかる。わたしも、以前よりもずっと自他の境界をはっきりさせることができているし、適度に自閉して、自覚的に自衛できている。人と会うと疲れるとはいえ、以前のように数日間寝込むということはなく、一晩たっぷり眠ればたいてい回復している。 > 暑いと疲れるってこと知らなかったけど笑、疲れるんですね、躁鬱落ち着いてきて、自分の疲れに気づけるようになってきてるんだと思う。以前は自分が疲れてることがわからず無理して倒れてた。今は、まったく無理をしなくなった。…

どんなに楽しくても人と会うのは疲れる

プラハへ出かけて帰ってくると、身体はとても疲れているのに脳が興奮したままで、緩めるのに時間がかかる。電車や地下鉄での移動に加え、街中でも歩かなければならない距離が多いので、まず脚が疲れる(土の上を歩くのとは異なる疲れ)。さらに、どこへ行っても人が多い(地下鉄の混雑ぶりには驚いた)ので、消耗する。昨年の夏まで住んでいた街だけれど、もう住むことはできないなと感じる。 昨日は約2ヶ月ぶりにオフィスへ出向いて、職場のスタッフといろんな話をした。昨年の春以降、Vít以外の人と長い会話をすることは殆どないので、複数の人とともに互いの顔を見ながら言葉を交わすのはかなり楽しかった。既に何年も関わってきた小さなチームのメンバー同士なので、お互いへの信頼もあり話がしやすいというのもあるけれど。 しかし、楽しかったのと同時に、人と会った後は疲れるということも実感した。辛いとか嫌だというわけではなく、ただ疲れるのだ。脳も身体もフルに活性化するので、単純に消耗するのだろう。普段は隠者みたいに静かに暮らしているので、尚のことだ。楽しい交流や刺激、興奮の後も、肉体は疲労するという当たり前のことを確認した。だから…

久々のオフィス訪問

今日は約2ヶ月ぶりにプラハのオフィスへ出向いた。職場のスタッフとの会話も、オフィス界隈の風景も、すべてが新鮮。お昼は久しぶりに他のメンバーとともに外食に出かけた。チェコで、Vと彼の家族以外の人たちとともに食事をしたのは、昨年3月以来初めてだった。…

知らない国で目的の場所を探して歩く夢

夢の中でどこか知らない国を訪れていた。複数の高架が幾重にも立体に重なりながら交差する景色を覚えている。空は広く、正面から眩しい光が射していた。わたしは、あんな高いところにも駅があるのかなどと思いながら、高架上に座る人々が足を空に投げ出して楽しそうにぶらぶら揺らすのを見ていた。 別の場面では、わたしは多くの人が行き交う大きな商店街を歩いて、街の中心部から住宅街方面へと向かっていた。日本の食材や商品を扱う店が並んでいたので、「この辺りには日本人が多く住んでいるのかな」と思いながら歩いた。 わたしは高層マンションが立ち並ぶ住宅街を抜けて、目的の場所を探した。「あの建物だ」と思うものの、近づいてみるとそこではないということが何度か続いた。いつの間にかわたしは何も載っていないベビーカーを押して歩いていた。元来た方向へ戻る途中、道路を清掃をしていた女性二人がわたしのために道をあけてくれた。わたしは「ありがとう」と言い、彼女たちは微笑んだ。 その後でふと、わざわざベビーカーを押して歩かなくても、畳んで持ち運べばいいのだと気づき、わたしはベビーカーを小さく畳んだ。…