思いがけない楽しい交流

旧市街のある場所でピンホール写真を撮ろうとしていたら、向かいから歩いてきた人に、いい光景だから写真を撮ってもいいかと尋ねられた。彼もこの場所で写真を撮りたいのだと思い承諾したところ、彼はわたしの写真を撮りたいのだと言った。考えるよりも先に「いいですよ」と答えていて、わたしはライカを手にしたまま写真におさまってみた。ごく自然な流れだった。 彼はデジタルカメラ、わたしはR型と、タイプは違えどライカのカメラを持つ同士ということから自然と会話が始まり、しばし立ち話をした後、互いのWEBサイトやInstagramアカウントを教えあった。突然の巡りあわせには驚いたが、不思議と話が弾む楽しいひとときだった。…

すべて今ここにある夢

夜中にふと目が覚め、暗い部屋に横たわったままぼんやりしていると、記憶の中のさまざまな情景が走馬灯のように蘇っては流れていく。そうして過去に見た景色を辿るたびに、過去はすべて今にある、あるいは、すべての時はひとつのところにあることを実感する。 記憶の中の情景はどれもがいつも鮮明なまま、時を経ることがない。 すべてのあの場所、あの時が、今ここにある。 そして、それらを見ている「これ」は一体誰なのかと不思議に思う。…

犬になったり人間になったりする夢とリカオンとの遭遇

これは今朝見た夢のうちのひとつ。 大きな広場で屋外イベントが開催されていた。テントの中では人々が料理を作っていて、味付けされた肉や魚に葉野菜が重ねられたものがテーブルの上で山盛りになっていた。 すぐそばの地面で寝そべるさくらの身体の上に、取り除かれた葉野菜の外側でデコレーションがなされているのを見つけた。わたしが声をかけると、さくらは立ち上がった。何人かの人たちがさくらの写真を撮ってもいいかと尋ねてきたが、さくらは「この場所を離れよう」と言った。 わたしたちは別の場所へ向かって歩き始めた。ふと気づくと、わたしの身体はいつの間にか犬になっていて、さくらと並んで四つ足で歩いていた。少し離れたところにリカオンの親子がいて、こちらの様子を伺っているのが見えた。 そして、2匹の子リカオンたちが、興味深そうにゆっくりとわたしたちに近づいてきた。さくらは少し警戒していたが、リカオンたちからは攻撃的な気配は感じられなかった。やがて親リカオンも近づいてきて、わたしたちのにおいを嗅ぎ、友好的な態度を見せた。さくらも安心したようで、リラックスしていた。 わたしの身体はいつの間にか人間に戻っていた。…

緩み上手な身体には悩みがない

昨日までは頭の右側がじんわり痛んでいたが、今日はそれが左に移った。冬に向けて身体が閉じていくのを実感している。身体(骨盤そして頭蓋骨も)は左右同時には開閉しないため、右と左にずれが生じるのは当たり前で、そのズレがさまざまな不快を生じさせるという、片山洋次郎氏の著書に書かれていたことを思い出す。 > 片山洋次郎『整体。共鳴から始まる』(ちくま文庫) 人と人、人と動物、人と植物、人とモノの間にも何らかのつながり、連続性、浸透性を実感することがある。この互いに共鳴し合う作用、あるいは働き合う意思を「気」と呼ぶ。 元気があるなしは、周りの世界とのつながり具合に依存する。 pic.twitter.com/LtHJIERu67 [https://t.co/LtHJIERu67] — +M (@freakscafe) June 4, 2021 [https://twitter.com/freakscafe/status/1400649480253313027?ref_src=twsrc%5Etfw] 意識が気づいていようといまいと、…