Xで相互フォローしている方が京都を訪れていたようで、投稿された写真を見ているうちに、随分昔のことがいろいろと思い出された。
私は大学時代を含め、約10年ほど京都で暮らした。大学卒業後はただ生き延びるために様々な職に就き、住まいも何度か移った。友人の家を渡り歩いた時期もあったし、祇園町で間借り暮らしをしていたこともあった。当時はまだ自分の生きづらさの原因に気づいておらず、暴力的で支配的だった母から逃れ続けたい一心で、京都に留まっていた。振り返れば、あれはまるで、大波に浮かぶ小舟を渡るような日々だった。
数え切れないほどの出逢いや出来事があったはずだが、ふとした時に思い出されるのは、たとえば喫茶店の窓から眺めた雨に濡れる瓦屋根や、行く宛てもなく歩き続けた夜の街の匂いなど、一人でいた時のなんでもない光景がほとんどだ。
そういえば、少し前に、ある人が投稿された写真の中の歩道のタイルに目が留まった。それは、私が京都で一時期勤めていた事務所の近くの通りの歩道だった。場所の特定などできそうにない写真だったが、どうやら私の記憶には確かに残っていたようだ。時に、些細なものほど、より深く記憶に刻まれていることがある。
様々な困難を抱えていた当時の私に、親切にしてくれた人たちのことを思い出すこともある。もう名前も思い出せないけれど、そうした優しい人々との一瞬の邂逅に救われて、私はここまで生き延びてこられたのだと思う。あれから長い年月を経て、流れに運ばれるように日本を離れ、私は今ここにいる。
先日、思いがけない場所で紹介された人から誘われて、ある実験的なアートセッションに参加することになった。その中で私は、自分と同じように生まれ育った国を離れて暮らす女性たちと共に、自らの過去について語ることになるだろう。
どうして私はここに流れ着いたのか?
それは、単なる一つ、二つの偶然の結果ではなく、幼少期にまで遡る数々の出来事の連鎖の果てにある地点だ。
最近、しばらく忘れていたような昔の記憶がふと呼び起こされることが続くのも、その準備が始まっているからなのかもしれない。あるいはまた、次の章を切り拓くために必要なプロセスを経過しているから、そうした出逢いがやってきたのだろう。今年は明らかに人生が大きく転換する時だと感じており、件のセッションも、それに相応しい機会なのだろうと思う。